梅雨の晴れ間の少し蒸し暑い日に、蛍の飛ぶ渓谷がある九州の蛍谷村を訪ねた。こんな日には蛍が良く飛ぶと聞いたのが、その日を選んだ理由だった。
一日がかりで移動し、蛍谷村に着いたときはもう夕暮れ時だった。一面オレンジ色の夕日に染まった空に、山の稜線がくっきりと浮かび上がっていた。
そのうちに日が暮れて、あたりが暗くなってきた。空の色は深い濃い青色になった。
そのとき、どこからともなくぽっと淡い光があちらでもこちらでも見えては消えるようになった。
ー この目でこんなにたくさんの蛍の光を見るのは初めて!と、息をのんだ。
さらに暗がりの中を進んで行くと、
それがいつの間にか大きくクローズアップされて、すぐそばに淡いけれどはっきりと、ひとつひとつの光が浮かんでは消えるようになった。
良く見ると、それは暗闇の中に写し出されたスクリーンの中の映像だった。
ということは、もしかしたら昆虫ビューセットのカメラマンの蛍がいるのかもしれない、と思った。
すると、そこに人影があらわれた。
「こんばんは。京都科学技術大学の椿です。」
「こんばんは。椿教授ですよね!」
記者は興奮しながら、しかし小さな声で話しかけた。
「今日初めて、蛍に昆虫ビューセットのカメラを付けて飛んでもらいました。ある親子のリクエストに応えたものです。」と椿教授は語った。
教授は続けて、「シャボン玉ビューセットでは、超小型ビデオカメラは明るいところでないと鮮明な映像にならなかったのですが、昆虫ビューセットでは、薄暗い森でも撮影できるようにビデオカメラが改良されたのです。この間に7年の歳月が過ぎました。しかし今日まで、蛍でこれが上手くいくか、正直分かりませんでした。」と話してくれた。
「そうですね。ホタルの発光を写真におさめるのは簡単でなく、プロのカメラマンもいろいろな技を駆使するのだと聞きました。光があると蛍の光が見えなくなるので、フラッシュは使えないうえ、たくさんの光跡を撮影する為にシャッタースピードを長くしたり、蛍の光が弱いため、絞りを開くようにしたりするそうです。」と記者は答えた。
「そうなんです。蛍自身が発光しているため、昆虫ビューセットでは、より良い条件で撮影できます。カメラマンの蛍が光っていない瞬間も、まわりの蛍が次々と光るので弱い光はある状態なのです。」
そして椿教授は、そばにいた家族を紹介してくれた。「今回、蛍に昆虫ビューセットの超小型ビデオカメラを付けてほしいと、この家族から頼まれたんです。」
「こんばんは!」と話しかけて、記者はこの家族が以前取材で話を聞いた親子だと気づいた。「お母さんが、蛍の幻想的な光景を見てみたいとおっしゃっていたのですよね。」
と言うと、「そうです。自分達でやってみようと考えていましたが、思ったよりも難しくて、開発者の椿教授に相談してみたのです。こうしてこの光景を見ることができ、感動しています。亡くなった父が昔、幼かった私を蛍の飛ぶ谷に連れて行ってくれたのを思い出します。」と話してくれた。
投稿日: 1970/01/01 09:00:01 (JST)
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