今回の現地レポートは、もうすぐ3歳になる長男そして義母とともに福島を離れ、世界的に有名なインドネシアのリゾート地で疎開生活を送るA子さん一家を訪ねました。
記 者:ここにはいつから滞在されているんですか。
A子さん:今年の1月からです。
記 者:ご主人は東京の会社にお勤めとうががいましたが。
A子さん:はい、福島支店が閉鎖されたために昨年の5月から東京本社に異動となりました。
記 者:ご主人と最後にお会いになったのはいつですか。
A子さん:今年の5月、ビザの更新のため日本に3週間ほど一時帰国しましたので、その際に会いました。
記 者:こちらへは永住されるご予定でしょうか。
A子さん:こちらへは観光ビザで来ています。永住ビザを取得するのは難しいと聞いていますが、将来は労働ビザを取得して長期滞在できることを願っています。
記 者:ご主人がこちらへいらっしゃるご予定はありますか。
A子さん:主人は東京で3年がんばると言ってます。今のご時勢では転職するのも難しいんです。
記 者:こちらへ疎開するのは大きな決断だったと思いますが、
A子さん:第一に子供の健康を優先で考え、放射能汚染された水・食品を避けることができるのは海外しかないと家族で話しあいました。そして海外疎開を支援するNPO団体の視察ツアーに参加し、即決しました。
記 者:決断は早かったんですね。
A子さん:こちらのきれいな海・青い空を見て、これまでの緊張が解けていく感じがしたんです。ここなら子供を安心して外で遊ばせることができると思いましたね。そして物価も驚くほど安いんです。
記 者:こちらには日本からの疎開者が400人もいるそうですね
A子さん:今、アパート10棟の新設工事が進んでいて、完成すれば倍増するんじゃないでしょうか。
記 者:すごいですね。日本村ですね。
A子さん:こちらのインフラ整備が進めば、もっと多くの日本人が疎開できるはずですが電気・水道・学校・病院など全て足りないものばかりです。
記 者:日本政府からの支援はあるのでしょうか。
A子さん:全くありません。ご存知の通り政府・国会が全く機能していない状態ですからね。
記 者:なるほど、ではインドネシア政府に望まれることはありまか。
A子さん:インドネシア政府には、是非長期滞在しやすいようにビザの発給条件を緩和していただきたいですね。
記 者:いろいろとお話をお聞かせいただいてありがとうございました。半年後にまた取材させていただきたいと思っていますので、その節はよろしくお願いします。
投稿日: 1970/01/01 09:00:01 (JST)
※本記事は、対象となっている事柄について、無限に広がる未来の可能性の中のたった1つを描いているに過ぎません。 ですから、決して記事の内容を鵜呑みにしないでください。 そして、もし本記事とは異なる未来を想像したのなら、それを別の記事として書いていただけると幸いです。 このプロセスを通じて、私たちは未来についての視野を広げ、未来の可能性を切り開いていくことができるでしょう。
インタビュー形式、面白いです。本当にしたみたいに思えてきます。
コメントの書き込みにはログインが必要です。