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若者が率先して老人に席を譲る町・おいまし

日本海に面した漁業の町、おいまし出身の後輩が「東京の人はなかなか老人に席を譲りませんね。僕の地元では争って譲るのに」と不思議なことを言う。
「東京より老人が少なくてもの珍しいからじゃないの」と言うと「確かに人口7,000人、2千世帯ほどですけど、80%が75歳以上の後期高齢者です」との答え。
一体どういうことなのか。疑問を解消するべく、帰省する後輩に同行しておいまし町へ向かった。

小さな町ではバスが重要な交通手段。驚くべきはその本数の多さだ。始発5時から23時台までは1時間に10本、その後深夜も1時間に4本は走っている。つまり夜通し運行しているのだ。最終バスは午前4時45分で、その15分後に始発のバスが走り出す、といった具合だ。
路線も豊富で民家の間の細い道まで網羅され、バス停はどの家からでも徒歩3分圏内になるよう、細かく設定されている。
「夜中だったら救急車よりバスで病院行ったほうが早いって言われることもあるよ」とバスの運転手は笑う。

試しに町のバスに乗ってみた。
午後5時。帰宅する高校生で混み合うバスがコミュニティーセンター前に停車。センターで一日を過ごした老人たちが乗り込んでくると、高校生は競って席を立ち老人たちに席を譲る。「こちらへどうぞ!」と席まで案内する丁寧な高校生までいる。
そのとき、老人と高校生が何かカードをお互いにかざし「ありがとうございました」とお礼を交わしたのを記者は見逃さなかった。
「そのカードは何?」と高校生に問うと「……」と恥ずかしそうに眼をそらされてしまった。
座った老人は一瞬にして居眠りを始めてしまい、取材は中断。

乗り切れない人数とみたのか、どこからともなく次のバスが登場し、老人は二手に分かれて乗車した。
この素早さ。どこで見ていたのであろうか。混雑予測もかなりの精度のようだ。

翌朝、今度は出勤ラッシュの7時半のバスへ乗り込んだ。人口が少ないせいか、席が全部埋まり、10名ほどが立つ程度の混み具合。そこへコミュニティセンターへ向かう老人の一団が大挙して乗ってきた。するとサラリーマンや漁港関係者と思われる人々が席を立ち、老人とカードをかざし…という前日と同じ光景が繰り広げられた。
しかし皆忙しい朝。激しい乗降の波にのまれ、取材をすることはできなかった。

いたしかたなく町長に取材を申し込んだところ「忙しいから5分だけなら。今すぐ来てくれるなら。えらそうでごめんね」との回答があった。
バスを駆使して町のシンボル「かやぶき屋根のコミュニティーセンター」へ向かった。

おいまし町の町長は3年前就任した小原黒佳子氏(こはらぐろよしこ・48)
町長室に入るとすでに記者のためのお茶が用意されており少々冷めていた。相当せっかちな方だと聞いていたがその通りのようだ。
そして記者がソファに座るやいなや、立て板に水のように語り始めた。

「すいませんがワタクシはこれからリヒテンシュタイン公国へ出張なので、5分でね。わざわざ東京からありがとうね。今いい時期でしょ、紅葉でね。今温泉掘ってるから、来年は日帰り温泉ができてるだろうから、入りにきてくださいよ。旅館開業は再来年かなー、いい料理人が見つからなくてね、なかなか。

バスの席譲りカードのことですね。あのカードはね、特殊な回路が埋め込まれている身分証明書の一種なんですよ。あれをかざして席を譲るとポイントがたまって、その点数に応じて来年の住民税が軽減されたり、税滞納してても滞納金免除になったり、あー、まあでも最近はほとんど滞納しなくなったけどね、あとサラリーマンは住宅購入の控除率がばーんと跳ね上がったりするんです。その分年末調整や確定申告の計算が大変だけど、計算が得意な町人を雇ったりできるから結局これも雇用促進になるんですよ。今のおいまし町の財務部長、最初は年末調整のバイトやってたんですよ。話それましたね。

ポイント情報は高速光通信とかいうやつで、町のデータにソッコーでインプットされます。どうやらこれで混雑具合とかもリアルタイムで分かって、増発バスとか、ぱぱっとやってるらしいのね。
この辺ワタクシちょっと不得意な分野だから、もし仕組みを知りたかったら情報政策室長に後で聞いて。多分、漁港で網の処理してるころだと思うんだけど、行けば会えるよ。

中高校生はね、微妙に内申点が上がるんですね。ちょっといいでしょ。優しくても勉強不得意な子もいるからね。優しさ評価の視覚化ってことで研究にくる学者さんもいるんですよ。
小学生ならお菓子がもらえるのね。ただねえー全員がお菓子ってわけにもいかないのよ。本がいいって子がいたから、一万ポイントためたらなんでも買ってやるって言ったら、たった2年間で本当にためてきて。何がほしいって、手塚治虫全集ですよ、あなた。
もう感激しちゃって。ちょおっとポイント足りなかったから、ワタクシがポケットマネー足して買いましたよ。ブラックジャックはいいよね。またそれちゃったね。ついね、ごめんね。とにかく、こういう個々の希望に対する細やかな対応が心の余裕と信頼を生むと思うんで、がんばってますよ、ワタクシ。

そういう仕組みなんです。で、老人のほうはね、気持ちよく譲られましたってことで、こっちもポイントがたまっていくんです。そのポイントは家事代行とか雪下ろしとかね、そういうサービスに変えられるんですよ。あと医療費の支払いにも使えますよ。がんの手術した人もいるの、譲られポイントで。今ぴんぴんしてる。なんつうんだっけ、高度先進なんちゃら医療にも使えますよ。

そうだ、あなた乗ってるとき赤ちゃん連れのお母さんに会わなかった?
……、あらー、会わなかったんだー、残念だね、あれは見たほうがいいね。おもしろいから。

それはさておき、うちの町は無料パスを老人に交付、ってのは、ぜーーーったい、やりません。ワタクシの公約なんです。
無料なのは0歳から6歳までね。あとは40歳だろうが100歳だろうが、毎回100円払ってもらいます(町営バスは定額制である)

ちゃあんとお金払って乗って、双方いい気分になって、お互いそのとき一番必要としているものを代価として得る。しかもちょっとずつ毎日やることでたまっていった結果、わあー税金安くなったとか、成績ビミョーに上がってるぜとか、そういう小市民的なささやかな達成感も味わえるわけ。ほら大震災後って、日常の愛おしさみたいなのがクローズアップされたでしょ、あれですよ。
ワタクシなんて今更って思ったけどねえ。毎日仕事に出て無事に帰ってお布団で眠れる、それで十分なんですよ。忘れちゃだめですよ。
ま、要は日常に転がってる、ささやかな目先の利益が人を動かすんですよ。そう割り切っちゃうの、すっぱり。気分いいですよ。政策決めるとき迷いがなくなります。

おかげで町営バスの収入がすんごく増えてもう笑っちゃって。夜通しバスは走ってるし、シフト制にしたから運転手も事務員も増員して雇ってるし、住宅買う人も増えたし移住者もけっこういてね。主産業である漁業も活性化してますよ。あと渋川っておじいさんが作り始めた真っ赤なお芋がえらく評判でね、ブランドになりそうなんです。これめっちゃ推してます、今。うれしいことに農業もどんどこやれそうですよ。室長、記者さんにお土産に持たせてあげて。10キロくらいね。持てますよね。

…ってことでワタクシが就任した3年前5,000人程度だった人口が今は7,000人を優に超すようになりましたから。そのうち隣町に攻め入って領土広げちゃおうと思ってるんですよ、こっそり独立しちゃってもいいかななんて思うときもあります。あ、今のダメ?ごめんね広報室長。今のなしね。物議が巻き起こるんだって。なんだろうね物議ってさ。そういう実体のないものワタクシは嫌いなんですけどしょうがないですね、そういう世の中だから。

でもねえー、うちの町は去年から国とか県の助成金全部返上してるくらいだし、独立と同じだよね。
そのうち国政にもうるさく言っちゃうよなんて思ってるんですけど、まあ町のことに目を配ってるとそれどころじゃないですね。お金もらわなきゃなんかできない、なんて町や村が言ってるうちは本気じゃないんですよ、しょせん。

あとね、地震や台風の被災地に行って、だーっとやっちゃいたいし、実際やってくれって話もあるんだけど、やっぱりよそ者じゃなくて地元の人がやるのが一番だから。そこは後方支援にとどめてます。そう言うとかっこいいね。ただ寄付してるだけなんだけどね。震災以来毎年あっちこっちに15億ずつくらい?全然足りなくて申し訳ないよね。

あっ時間?もう時間なの?飛行機出ちゃう?っていっても町はずれからチャーター機で行くんだから少しは融通きくでしょ?ダメ?あ、そうなの。空は厳しいんだね。早く独立してびゅんびゅん飛ばしちゃいたいね。あ、これもダメな発言、ごめんね失言が多くて。
じゃあなたすいませんけど今回はこれで。ICレコーダーの速度を落として再生してくれれば多分記事にできますから。じゃっ、次はゆっくり時間とるから半年前からアポ取って来てくださいねー!!」

バタン!!(町長室のドアが閉まる音)

嵐のようなインタビューを気の毒に思ったのか、広報室長がくれたパンフレットにはこんなことが書いてあった。

「おいまし町には、バスでは老人からカードを見せられたら席を譲らなければならない法律があります。しかし、正当な理由があってあなたがどうしても座っていたい場合は、バス内で臨時の集会を開き、なぜ席を譲れないのか発表し、その主張が乗客の8割の賛同を得られたら譲らなくてもかまいません。まあそんな面倒なことをするぐらいならとっととカードをかざしあってポイントをためて立つのが賢明です。なにしろ一番長い路線にずーっと乗ったとしてもたかだか30分の狭い町です。
万一、ディベートの練習のために発言したい場合は、他の乗客の迷惑にならないよう留意してください。

一方、老人にはカードを無作為には配布しません。若者と融和できる表情、しぐさ、言葉遣い、共通の話題の知識、老人力、過去の栄光の断ち切り具合などについて、厳正な審査をし(2年ごとに資格更新試験あり)暴走老人、無気力老人にはカードを渡さず、町に居づらくして最終的にはおいましから追い出します。また、苦情申し立てによってカードを取り上げることもあります。苦情は広報室長へ。ただしフェアプレーの精神で、匿名の苦情は受け付けていません。

安心して暮らせる町をおいましは目指しています。バスはあなたの未来を変える  小原黒佳子」

今度は赤ちゃん連れのお母さんに遭遇する時間帯に取材をしたい。
目が離せない町、おいまし。

投稿日: 1970/01/01 09:00:01 (JST)

※本記事は、対象となっている事柄について、無限に広がる未来の可能性の中のたった1つを描いているに過ぎません。 ですから、決して記事の内容を鵜呑みにしないでください。 そして、もし本記事とは異なる未来を想像したのなら、それを別の記事として書いていただけると幸いです。 このプロセスを通じて、私たちは未来についての視野を広げ、未来の可能性を切り開いていくことができるでしょう。

コメント

ここまで来ると、小説ですねえ。米国版TheFutureTimesレベルを狙ってるのがよくわかります。味わい深い「作品」ではないでしょうか。

オラクル (日付:

ポイントポイントとお店で言われるたび、踊らされているような気がして、どうせ踊らされるならここまでやってくれと日々思っています。

久野香奈 (日付:

ポイントだけでそこまで想像力が膨らむというのはスゴイですね・・・ビックリです。最近はポイントカードとかはできるだけ断るようにしています。拘束される気分になります。

オラクル (日付:

妄想ならお任せ下さい。
私も最近断るようにしています。一つの店にしばられて選択肢を自ら狭めるのはよくよく考えると恐ろしいことですね。

久野香奈 (日付:

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