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夏季オリンピックからマラソン除外

 IBOC国際大オリンピック委員会は次々回開催の2164年夏季オリンピック大会ではマラソン競技を種目から除外することを決定した。スポーツ界に動揺が広がっている。

 マラソンは紀元前のギリシャにおける「マラトンの戦い」で勝利を知らせるために伝令が戦場からアテネまで不休で走ったという故事によるもので、近代オリンピックの1回目から行われている。マラトンからアテネまでの距離にちなみ、42.195kmを走る花形協議の除外に至った経緯をサマラマッチIBOC会長が文書で発表した。以下全文。
 会長が精神疲労のため入院しており、記者会見は行われない。

 本日、IBOC委員一同は深い悲しみとともに、マラソン競技を2164年夏季大会の競技から除外することを全世界の皆さんへお知らせします。
 マラソンの起源は古代ギリシャの「マラトンの戦い」と昔から言われてきました。最近の研究において、ギリシャ側192名、ペルシア側6,428人に及ぶ犠牲者すべてのお名前が分かりました。
 「平和の祭典」として続いてきたオリンピックに、このような血なまぐさい故事に由来する競技があるのはいかがなものか、という議題が約50年前から委員会に繰り返し上がっていました。我々はあえて無視してきましたが、今回犠牲者おひとりおひとりのお名前が判明したことから、歴史上の単なる戦いにすぎないと言い切ることが難しくなりました。
 この戦いで命を落とした方々に深い哀悼の意を表します。

 また、距離に関してもマラトンの古戦場とアテネ市との間は「約40キロ」であり、42.195キロの根拠としては極めて弱いものです。この距離は第4回ロンドンオリンピックの際、時の英国王妃が「宮殿の庭からスタートし、ゴール地点は自分のいる競技場のボックス席の前」と勝手に決めた結果で、それ以来この半端な42.195キロでマラソンは行われてきました。「平和の祭典」に権力者が口を出した経緯があることも、振り返って考えてみればオリンピックにふさわしくないものです。
 同じ約40キロなら日本の小説家オサム・ダザイ作「走れメロス」のメロス氏も走っており、そちらを由来にするほうがよいという意見もあり、由来の訂正ができ次第マラソンは復活する予定です。ちなみにメロス氏は日本の距離単位で十里、つまり片道40キロを往復しているので二日に渡り80キロを走ったことになります。

 これを機に血なまぐさい故事に由来する競技の洗い出しを試みており、槍投げ、砲丸投げなど多数の競技についても再考を迫られる可能性がありますが、2164年夏季大会に結論が間に合わないためとりあえず行います。
 なおIBOC委員会は広く世界から「平和の祭典」にふさわしい、歴史的根拠があり、かつ血なまぐさくない競技由来を募集しています。

投稿日: 1970/01/01 09:00:01 (JST)

※本記事は、対象となっている事柄について、無限に広がる未来の可能性の中のたった1つを描いているに過ぎません。 ですから、決して記事の内容を鵜呑みにしないでください。 そして、もし本記事とは異なる未来を想像したのなら、それを別の記事として書いていただけると幸いです。 このプロセスを通じて、私たちは未来についての視野を広げ、未来の可能性を切り開いていくことができるでしょう。

コメント

ああ…
協議じゃなくて競技です…

久野香奈 (日付:

この時代には、人々の意識も相当変わっていて、その結果「血なまぐさい」ものをなくす方向になったということなのかもしれませんね。会長さんが精神疲労になった経緯は、喧々諤々の議論があったせいでしょうか。

オラクル (日付:

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